
3 Lines Summary
- ・トランプ大統領の立場が変わってきた
- ・ロシアとの対立もトランプ大統領にとっては都合がいい
- ・夕食会とほぼ同時だったのは「たまたま」

ニュースの基本情報とおさらい
今月6日、アメリカのトランプ大統領は、訪米した中国の習近平国家主席夫妻との夕食会に臨んだ。ほぼ同時期にアメリカ軍はシリアのアサド政権の空軍基地に対してミサイル59発を発射。夕食会の時点でトランプ大統領は攻撃を命令していたとみられている。日本では、攻撃のタイミングや、ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮の対応が注目されているが、トランプ大統領の真意はどこにあるのか。速水健朗が2人の専門家に聞いた。
速水健朗
背景について簡単に触れておきましょう。
シリアという国は内戦をやっています。そこにはISという過激派組織がいて、それを包囲しようという国際的な動きがあります。アメリカとロシアも、この件では連帯できるわけです。しかし、シリアを収めているアサド政権に対しては全く別。アメリカは、反アサド勢力を支援していると言われていて、逆にロシアは直接アサド政権を支援しています。
日本のニュースでは、米中首脳会談の夕食中というところを非常に重要視している訳なんですが、トランプ大統領の他国介入の姿勢を示す出来事でもあったので、各国の対応と今後を占う議論をしてみたい感じですね。
問題はアメリカの戦略転換
東洋英和女学院大学大学院客員教授 中岡望さん

今回の攻撃は、倉庫だけ狙うなど極めて限定的で、「介入」と言っていいのか微妙です。問題なのは、これがアメリカの基本的な戦略転換なのか、それともトランプ大統領の言う直感的な人道上の問題なのかということです。
トランプ大統領の立場が変わってきた
もともと、トランプ大統領を支えていた「アルトライト」という極右的なグループは、シリアに対して関わるべきではないという立場で、大統領もそれに同調していました。それが、「人道の問題」だとか「国際的な正義の問題」だとか、トランプ大統領が従来は言わなかったような言葉を並べ立てて正当化するように変わってきているんですね。
他国への介入については、ホワイトハウスでも2つのグループに分かれています。黒幕と呼ばれるバノン氏のグループは「不介入」、トランプ大統領の娘の夫であるクシュナー氏のグループは「介入」の立場。このバノン氏が国家戦略会議から外されてしまったんですね。
バノン氏のグループは、政権担当の経験もまったくなく、いろいろ大統領令を出してみたものの結構つまづいていたわけですよ。トランプ大統領は、元々 主流派を切り捨てる形で支持を得てきたわけですけど、2か月政治や外交をやってみたら、そう簡単じゃないという事を少しずつ学び始めているんじゃないでしょうかね。今や共和党の主流派がいろんなところで顔を出し始めているんです。
ロシアとの対立もトランプ大統領にとっては都合がいい
今、アメリカの国内の政治状況を考えたら、トランプ大統領にとっては、少しロシアと距離を置いた方がいいと思います。というのは、トランプ大統領の「ロシアコネクション」が非常に大きな問題になっていて、場合によっては弾劾裁判の材料になるかもしれないんです。
ただ実は、今回の攻撃はロシア政府に通告しているんですね。気配りをしたわけですが、もちろん「攻撃します」「分かりました」ってわけにはいかないわけですから、いろんなフリクション(摩擦)が出てきています。それでも従来のような、冷戦時の対立に戻るというわけではないと思います。
アメリカのシリア攻撃は中国・北朝鮮へのメッセージか
ちょっとそれは、深読みしすぎと思います。確かに北朝鮮の核問題やミサイル問題は、アメリカが非常に不愉快に感じていることは事実ですけれど、北朝鮮は中東のようにアメリカの利害に絡んでいる訳ではありません。トランプ政権としては、北朝鮮の問題は中国が何とかするべき、というのが基本的な姿勢でしょう。ただ朝鮮半島の問題に非介入だったオバマ政権とは違うという印象を与えたい意識があったと思います。
攻撃の理由はアメリカの内政問題
星槎大学客員教授 佐々木伸さん

私は、今回の攻撃はアメリカの内政問題が大きな動機になったとみています。トランプ政権は発足から2か月半が経ちましたけど、例えば未承認の閣僚が4人もいますし、国防総省の高官人事もほとんど空席のままで、要するに政権の体制がまだ整っていないという状況なんです。その上、一部イスラム圏からの入国拒否問題で混乱を露呈し、最大の選挙公約のひとつであるオバマケア(医療保険制度改革法)の代替法案も、身内である共和党の造反で撤回に追い込まれました。支持率も最低ラインの36%に追い込まれ、政権運営は明らかにうまくいってないんですね。
そこで化学兵器を使ったシリアに正義の鉄槌を下し、実行力と決断力を示して政権の浮揚を図る。こういう効果を狙ったものだと思います。
攻撃に対するロシア・中東の動き
シリアのアサド政権が再び化学兵器を使用しなければ、アメリカ軍はもう攻撃しないでしょう。今回の攻撃を、トランプ大統領の支持基盤である、アメリカ第一主義の信奉者と孤立主義者たちは「裏切り」と批判しているんです。そこでトランプ大統領はアメリカ第一主義を優先して、これ以上の内政への介入は避ける。つまり、シリアはロシアに任せると思います。
中東の国々では、今回の攻撃の受け止め方がはっきり二分しています。例えばイランなどは今回のアメリカのミサイル攻撃を、侵略あるいは国際法違反だと強く非難しました。逆にイランと敵対しているサウジアラビアやイスラエルなどはシリア攻撃を歓迎しているんです。
アメリカのシリア攻撃は中国・北朝鮮へのメッセージか
攻撃と米中首脳会談が同じころになったのは、たまたまでしょう。たまたまであるにしろ、ちょうど迫ってきた米中首脳会談の際に、アメリカにとってのもう一つの悪者である北朝鮮に対するメッセージを示そうと考えたのではないでしょうか。
しかし、今回のシリア攻撃のように、北朝鮮をアメリカが直接攻撃することはないでしょう。シリアと北朝鮮が決定的に違うのは、シリアには米軍に反撃する能力が全くないんです。それからアメリカにとって重要な日中韓と隣接する北朝鮮とシリアでは状況が全く違います。アメリカにも、北朝鮮の全ての攻撃能力を破壊することはできないでしょうから、日本や韓国に報復攻撃をしてくる可能性を考慮して攻撃を加えることはないと思います。アメリカの基本的な政策は、中国に北朝鮮をコントロールさせることです。
速水健朗のまとめ

シリア攻撃に至った背景には、共和党の主流派・タカ派の台頭によるバノン氏の失脚があって、それまで他国介入はしないと言っていたトランプ大統領の立場が大きく変わっているということでした。もう一つは、アメリカの内政問題。この2つの要因が背景にあるのかなと感じました。政権を運営する中で、いろんな勢力が押さえつけられなくなってきているのは確かだと思います。
4月10日放送「ホウドウキョク×FLAG7」アーカイブはこちら
https://www.houdoukyoku.jp/archives/0009/chapters/27924