
3 Lines Summary
- ・「気質」は変えられないが「性格特徴」はコントロール可能
- ・握手をすると親近感とともに『この人は裏切れない』という感情がわく
- ・話すスキルを身につけた受講者は仕事にもプライベートにも好影響が
“話し方”を学ぶためにスクールに通うビジネスパーソンが増えている。IT企業で経理を担当するAさん(38歳)が話し方教室に通い始めたのは昨年4月。きっかけは昇進を機に部下や全社員の前でスピーチをする機会が増えたことだ。もともと人前で話すことに苦手意識のあったAさんは“これはなんとかしなくては”と、通勤経路にあるスクールを探し求めた。
「1日中、PCとにらめっこしているような職種なので、営業職のように毎日たくさんの人とコミュニケーションをとる機会がほとんどないんです。なのに、部下ができてからはミーティングが増え、朝礼では150人近くの社員の前でスピーチをしなくてはならなくなった。緊張するわ、自分がちゃんとしゃべれているかどうかが気になるわで、非常にモヤモヤしたんです」
そんなAさんが通うのは、東京・渋谷にある「話し方教室 青山コミュニケーションセミナー(ACS)」だ。「TALK LAB(トークラボ)」と銘打ち、毎週末に1回3時間の講座が行われている。実際にどのようなレクチャーがなされているのか、初級コースの体験取材を行った。
クレッチマーの性格分析で自分を知る
「TALK LAB」で伝えるメソッドは、アイコンタクトや拍手、リアクションなどの基本的なコミュニケーションマナーに加えて、ドイツの心理学者・クレッチマー理論にもとづく心理学やアメリカのパフォーマンス学などを実践的にアレンジしたもの。受講者はまず自分自身を客観的に知るために、クレッチマーの性格分析テストを受けて自分の気質(もって生まれた性格)と性格特徴(人から見える自分の印象)を理解する。
残念ながら人は自分の気質を変えることはできないが、性格特徴のほうはコントロールが可能だとされている。「TALK LAB」では性格特徴を「国別タイプ」にアレンジして解説(以下、写真参照)。その結果をふまえて、個々の受講目標を導いていく。

たとえば内省的で保守的なタイプと結果が出た場合は、それとは逆のイメージ近づくように積極的で活動的なセルフイメージ目標をたててから講座にのぞむ。個人に合わせた魅力的な話し方を身に付けるために少人数制でオーダーメイドのセミナーを行っている。
握手をしながら1分間、共通項を見つけるワーク
この日の受講者は20代から30代の男女9名。講座は「自己紹介をかねた近況報告の1分間スピーチ」から始まった。これは緊張をほぐして場を和ませるための“アイスブレーク”なのだが、講師が手本を示した後、席の前方の人から順に前に出て、スピーチを開始する。講師はストップウォッチで時間を計測。前に出て自分のことを話すだけでも緊張しそうなものだが、受講者のスピーチはなめらかだ。日常の何気ないシーンを目に浮かぶように描写し、そこに人柄までにじませていく。
スピーチが一巡した後は、いよいよ話し方向上のための講義が始まり、講師の実演後に受講者はワークを実践。講師からフィードバックが入る。そしてまた次のワンポイント講義を聞いた後にワークを実践する。と、この繰り返しで講座が展開される。
最も興味深かったのは、すべてのワークの前に“握手”という“触感”刺激が入ったことだ。ペアになった相手と“握手”をしながら、または“握手”をしてからワークを行う。このワンアクションが入ることの意味を講師の栗原氏はこう説明する。

「握手は自然なスキンシップ。触れることで脳内ホルモンのオキシトシンの分泌が促され、相手に親近感や安心感をもたらします。親密さが高まりますし、握手には一種の“契り感”があるので『この人は裏切れない』という感情もわく。初対面の握手はビジネスにおいても有効なのです」
たとえば1分間、握手をしながらお互いの共通項探しをするワークでは、ペアになる相手と出身地や血液型、共通の趣味、旅行の思い出などの共通体験を探すことを試みる。これは初対面での話題探しに役立つレッスンなのだが、確かに握手しながら行うことで親近感や仲間意識が生まれて、コミュニケーションの質も変わってくるような体感があった。
その後も、ペアになった相手を他己紹介するなど、計7つのワークを体験。何かお題が与えられたら1、2分で考えを整理して自己理解を深め、1分間スピーチという形で自己開示をする。同様に、ほかの人のスピーチによる自己開示も自分ごとのように受け止める。計3時間の講座は、集中・緊張のともなう脳のワークアウトを受けたような疲労感があった。

会話に積極的になることで、広がったものとは…
この講座には、やはり“人としゃべるのが苦手”だったり、“ただ今求職中”だったり、あるいは“今後転職を予定していて、その際によりよい面接対応ができるため”に通っているという人もいた。印象的だったのは、上級コースに通うプログラマーのBさん(40歳)のコメントだ。
「かなりのあがり症だったので、人前で話すことを避けてきました。1年間受講して、経験値を積んだことで度胸はつきましたが、声がかすれたりあがることがゼロになったわけではありません。でも“イヤだから話さない”のではなく、今は人前で話すことも“選択肢として選べる”ようになってきた。これは大きな違いです。仕事面ではコンサルティングの業務が広がりましたし、どこかお店に入ったときに、店員さんと気軽に会話を楽しめるように変わりました」
これまで知らなかった“人と会話することの楽しみ“を知り、見える世界の印象も変わったと笑顔を見せるBさん。“話し方”のスキルを習得したことで得たものは大きかったようだ。
構成・文=谷畑まゆみ
撮影=芹澤裕介