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父親に感謝するだけではない!? 「父の日」の始まりとこれからの姿

2017年の「父の日」の日付を知っていますか?
35年前に“父の日黄色いリボンキャンペーン”を始めた石津祥介氏に話を聞いた。

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Jun 18, 2017 by editors room Reporter

3 Lines Summary

  • ・「なぜ、父の日はない?」とドット夫人が懇願したことから始まる 
  • ・「父の日」はどんな家族を築きたいか、考える日でもある 
  • ・「父の日」の認知度UPよりも、みんなが自発的に父親へ感謝をしてほしい 

「6月第3日曜日は何の日?」と問われると、あなたは答えられますか?

「父の日」「母の日」を知っているどうかを聞いたところ、「『父の日』の正確な日付を知っている」と答えたのは30.5%だった。「『母の日』の正確な日付を知っている」は40.1%で、この結果を見ると「父の日」の認識が低い結果となった。

これは2017年5月15日~16日の2日間で、全国の20代から60代の男女1000人を対象に「父の日に関する調査」(楽天リサーチ株式会社)が実施した調査結果だ。

そこで、日本で「父の日」を国民的な社会行事に発展・定着させるための事業を展開している「日本ファザーズ・デイ委員会」の母体である一般社団法人日本メンズファッション協会の常務理事を務める石津祥介氏に、「父の日」の認知度が低い現状について聞いてみた。

1980年、一般社団法人メンズファッション協会の理事長であった伊藤恭一氏が、ニューヨークに赴いた際、アメリカでは「父の日」という催しがあることを知り、日本でも取り入れようと、翌年「日本ファザーズ・デイ委員会」を結成。

そして、1982年より「父の日は黄色いリボンで贈り物」「よき家族であることを誓う日」「親のいない子たちへ愛の手を」を柱に、“最も素敵なお父さん”を表彰する「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」も開催した。

父親は母親に勝てない

「母の日」と「父の日」。同じ親に対する記念日にも関わらず、なぜ「父の日」の認知度が低いのだろうか。

「母の日に比べて、父の日の認知度が低いのは仕方のないことかもしれません。やはり、父というウェートの中で、父と子、母と子となるとどうしても母親には勝てません。母親は子どもと接している時間も長いですから、父親が母親を超えることは難しいのかもしれませんね」(石津氏)

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なぜ、「母の日」はあって「父の日」はない?

実は「父の日」という記念日ができたきっかけには、一人の女性の父親に対する思いがあったという。

1908年に「母の日」ができたことを知ったワシントン州に住むジョン・ブルース・ドット夫人が、翌年1909年に「母の日があって父の日が無いのはおかしい。父の日もつくって下さい。」と「牧師協会」へ懇願したのです。

ドット夫人の母親は、軍人の夫が南北戦争に召されている間、女手一つで一家を支えてきたが、父親の復員後にまもなく亡くなってしまいます。そこから、父親は残された6人の子供たちを再婚もせず、生涯独身で働き通し、男手一つで育てていきます。そんな6人兄弟の末っ子の女の子がドット夫人です。
(日本ファザーズ・デイ委員会より)

ドット夫人の住むワシントン州のスポケーンで、1910年6月19日に最初の父の日の祭典が行われます。ドット夫人が懇願してから7年後、1916年にアメリカのウィルソン大統領がスポケーンを訪れ、父の日の演説をしたことで、「父の日」が認知されることとなります。

そして、1926年にナショナル ファザーズ・デイ コミッティがニューヨークで組織され、1972年にアメリカでは国民の祝日となりました。

「父の日」は黄色いリボンで贈り物を

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約45年前にアメリカで国民の祝日と定められた「父の日」。

では、日本ではいつから「父の日」が始まったのだろうか。

「35年ほど前、日本ではネクタイ業界がすでに“父の日にネクタイを”ということでアピール始めていました。それを見て、『これではネクタイ業界だけで盛り上がってしまう…』と懸念し、日本ファザーズ・デイ委員会として何ができるかを考えた時に、“黄色いリボン”というポイントを作りました。

当時、『母の日』は赤いカーネーションというものはありましたが、『父の日』は特にありませんでした。なので、プレゼントに黄色いリボンを結び付けるということを考えました。1982年からスタートしている“父の日黄色いリボンキャンペーン”の企画書は私が書いたんです。

なぜ、黄色なのかというと、昔、戦争に行ったお父さんの無事帰還を祈る色など、比較的いいイメージで使われることが多く、当時は幸せの黄色いリボンとか映画ではやっていたということもあります。

また、『お父さんといえばブルー』という案もあったので、ブルーをベースに、黄色の文字としてキャンペーンマークを作りました。“父の日イエローリボンキャンペーン”の活動として、『ベスト・ファーザー イエローリボン賞』は35年間続いています」

「父の日」はどんな家族を築きたいか考える日

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各界の“素敵なお父さん”と呼べる人を毎年表彰する、日本ファザーズ・デイ委員会主催の「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」。

明るく楽しい家庭づくりをしている父親や子供たちの良き理解者、良き教育者、ユニークな子育てをしている父親などの選考基準があり、ことしは、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんやFC東京の大久保嘉人さん、鳥取県知事の平井伸治さんらが選ばれた。

「今回は、市川海老蔵さんがかなり注目されましたが、この賞の目的は海老蔵さんや他の受賞者の方を“素敵なお父さん”と讃えるだけではないのです。実は、お父さんを筆頭に、“このお父さんがいて、この家族がある”と、家族を表彰しています

だからこそ、石津さんは「父の日」も父親に対して感謝の気持ちを表すだけではなく、父親を家族のリーダーとして、家族・家庭がどんな関係を築いていくかを考える日としてとらえてもいいのではないかという。

そんな「父の日」に対して、石津さんは認知度以上に願っていることがあるという。

「『父の日』の認知度が上がることは、高望みかもしれません。もちろん、上がることに越したことはないと思いますが。自分の親に対して感謝の気持ちを持つ、ということは強制されるものではなく、自然と出てくるものです。

『父の日』や『母の日』は親への感謝の気持ちを表す、きっかけでしかありません。認知度が上がってほしいという気持ちよりも、『父の日』でいうのであれば、“お父さんに感謝する日だ”と自発的に思ってくれる人が増えてくれることを願っています

取材・文=多古 海月

プロフィール
石津祥介(いしづ・しょうすけ)
1935年岡山市生まれ。日本メンズファッション協会常務理事、日本ユニフォームセンター理事を歴任。
石津事務所代表として、アパレルブランディングや衣・食・住に伴う企画ディレクション業務を行う

【特集「「父の日」が今年もやってきた」】

第1回  父親に感謝するだけではない!? 「父の日」の始まりとこれからの姿(この記事)

第2回  父の日に感謝されるほど、あなたは「父親」をしていますか? 【ヨシタケシンスケ インタビュー】

第3回  子どもは父親の運転に敏感?「運転のクセ」から見えた「親子の絆」 #父の日

第4回  リツイート数5万5000超!父親に理不尽に怒られた女子高生の「反論パワポ」が話題に

第5回  「3年間食べてくれてありがとう」 娘のために父が作り続けたお弁当に“涙”

第6回  「父親であることを最も誇りに思う」オバマ大統領 娘二人と妻に感謝の言葉

第7回  「LGBT」を家族にカミングアウト。その時、父はこう言った。

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