Main 3d30caed 1d84 43df 90d3 55472500e5e4
追悼、日野原重明さん…黒岩神奈川県知事が語る「知られざるエピソード」

日本の医療を変えた日野原重明さん。黒岩祐治神奈川県知事は「原点は日野原さんにある」と語る。

Profile 95dc3715 a12e 46f1 85a0 2940b2b02b40
Jul 21, 2017 by Suzuki Makoto Reporter

3 Lines Summary

  • ・人間ドッグを考案、「生活習慣病」に改名…日野原さんの功績
  • ・二人の出会いは28年前『FNNスーパータイム』の救急医療キャンペーン
  • ・日野原さんは皆を巻き込み、夢を実現していくパワーの持ち主だった

人間ドックを考案…ほか様々な功績が

日本に予防医療を普及させた日野原重明さんが、18日、105歳で亡くなった。

F7fe579d 9192 4fe2 ad66 4906f06aace7

家庭に血圧計を普及させ、人間ドックを考案し、「成人病」と呼ばれていた高血圧や高脂血症を「生活習慣病」と改名した日野原さん。終末期医療にも力を入れ、「後期高齢者」という呼び方を嫌って「新老人」と名付けた。

 筆者は最近、終末期医療について取材を始め、日野原さんへインタビューしようと思っていた矢先の訃報に愕然とした。

しかし「報道2001」のディレクター時代に、キャスターだった黒岩祐治さん(現神奈川県知事)が日野原さんと懇意にしていたことを思い出し、日野原さんの功績や人柄を語ってもらった。

0330fc3a 37d2 47a0 a676 a5726263f184
黒岩祐治 神奈川県知事

ーー黒岩知事は、日野原さんと長い付き合いですよね。

黒岩知事:
平成元年、28年前ですが、当時私は『FNNスーパータイム』の土日のキャスターをやっていました。番組では救急医療キャンペーンとして、救急車に医療がないのはおかしいじゃないかと訴えていましたが、当時医師会は絶対反対で、救急車に乗っているのは消防士じゃないかと、消防士に医療行為をさせるのは医師法違反だと。

これを突破するのはなかなか容易じゃないなと思っているときに、いろいろな識者にインタビューした中の1人が日野原重明先生でした。日野原さんの答えは実に明快でした。医者というものは技術をどんどん人に譲るべきだと。新しいものにどんどん挑戦するのが医者であると。だから救急車に医者が乗れるならいいけど、乗れないなら自分たちが教えて譲っていけばいいじゃないかと。凄く開明的な先生だなと思いました。

日野原さんとはそれがきっかけで、その後『感動の看護婦最前線』(※)という番組を始める際に、聖路加看護大学の理事長だった日野原さんに出演してもらおうと。日野原さんは快諾してくださって、スタジオのコメンテーターとして番組に参加してくださいました。

(※)フジテレビで92年から放送した医療ドキュメンタリーシリーズ。民間放送連盟賞を受賞。

ーー日野原さんは予防医療の普及に尽力されました。血圧測定が医療行為とみなされ、家庭で血圧を測ることができなかった当時、厚生省と交渉し血圧測定を認めさせました。神奈川県は『未病』改善に取り組んでいますが、日野原さんからの影響もありましたか?

黒岩知事:
 日野原先生は多くのことにチャレンジされましたね。「成人病」といっていたのを「生活習慣病」に名前を変えられた。名前は非常に大事で、成人病と名付けると、成人になったら仕方ない病気なのかなというイメージになります。そうではなくて原因は生活習慣にあるということを皆さんに知らしめることが大事だと、日野原さんは生活習慣病という言い方をされました。病気になってから治療して治すのではなく、生活習慣から改善しないといけないよというメッセージですね。

いま神奈川県では「未病」として改善することが大事だと、そのために健康寿命を延ばすことが大事だと取り組んでいます。日野原先生の想いがつながっているということですね。

ーー人間ドックを発案したのも日野原さんですね。

黒岩知事:
病気になったら病院に行って、どれだけ悪い状態かデータを調べて、それから治療するというのが医療の世界でした。しかし人間ドックは、病気でない人が健診を受けて、異常を早期に発見する。これを広めていかれたのも日野原さんですね。

神奈川県では、ウエアラブル端末やセンサーによって得られるビックデータを、人工知能で処理し「見える化」するという「未病」改善を進めています。これは「ニューフロンティア」という取り組みですけど、原点はすべて日野原さんにあると思います。

ーー日野原さんは終末期医療にも力を入れてきました。

黒岩知事:
日野原さんが力を入れたのは、独立型ホスピス(※)です。神奈川県に作られて、普及にずいぶん尽力されました。日野原さんは、人間の最期はチューブにつながれ、医者は延命のために全力をそそぐというので本当にいいのか、最期は皆にありがとうと言いながら去っていくことが必要なんじゃないか、と訴えってきました。最期はいのちが輝くということだと教えてくださったのです。

(※)がんで積極的な治療の効果が見込めない患者に、質の高いケアと療養に適した生活の場を提供する病棟

皆を巻き込み、夢を実現していくパワーの持ち主だった

ーー『後期高齢者』という言葉を日野原さんはすごく嫌って、『新老人』という呼び方にしていましたね。

黒岩知事:
日野原さんは105歳で亡くなられましたが、105歳まで生きた人の生活はいったいどうだったのか、幅広くデータを集めていくことが大事だと。それで75歳以上を「新老人」と称して、その人たちに楽しく生きがいある場を提供するだけではなくて、データを集めていくという挑戦をされていたわけですよね。日野原さんは医学、医療を大きく変える革新的な役割をされた人ですね。

ーー日野原さんというと、少食で食事はビスケットとミルクだけとよく言われていましたが?

黒岩知事:
日野原さんは少食だったとよくメディアで取り上げられていましたが、私が付き合っている中では、番組の打ち上げでの食欲なんてすごかったですよ。メリハリ付けていられたのでしょうね。ふだんは少食だったのかもしれないけど、食べるとなるともうすごい食欲でした。肉なんて、80歳、90歳になってもバクバク食べていましたよ。小食だという部分がクローズアップされるのはちょっと違うなと私は思っていましたけどね(笑)。

ーー黒岩知事は日野原さんと一緒にミュージカル劇「葉っぱのフレディ」を行っていましたが、そもそもどういう経緯で、2人でやることになったのですか?

黒岩知事:
2000年、17年前ですが、当時88歳だった日野原さんが突然「僕はミュージカルやることになったので、黒岩さんも協力してくださいよ」と。「いいですよ」と言って別れたのですが、何を協力するかわからなくて、当時テレビのキャスターだったのでそのミュージカルの宣伝協力かなと思っていました。

ところが翌日、みらいななさんという女性から電話がかかってきて、「私は日野原先生がミュージカルにしようと思っている『葉っぱのフレディ』の翻訳者です」と。いろいろと聞いてみると、ミュージカルをやることだけが決まっていて、歌も何もなしで、日野原さんが自分で書いた流れみたいなものだけあると。さらに、「2000人が入るホールが取れました。公演は2か月半後です。日野原先生が楽しみにしているので、黒岩さん何とかなりませんか」と。

ーーはあ……

黒岩知事:
私は早稲田大学のミュージカル研究会出身で、プロになった仲間の公演をたまたま観に行って、その仲間にこういう話があると相談したら、鼻で笑われました。「ミュージカルって手間暇かかるでしょ。芝居だけじゃなくて、歌詞も作って曲も作って、歌を入れてダンスも入れて、普通の芝居の3倍手間かかるじゃないですか。そんなの2か月半で出来るわけない」と。しかし結局彼は「断れないですね。じゃあ、ちょっとやってみますか」と始めたのが立ち上げだったんです。その後は必死で台本や曲を作って、子役をオーディションで選んで、ぎりぎり間に合いました。奇跡が起きたのですね。

ーー日野原さんは黒岩知事に頼む際、大学のミュージカル研究会にいたのを知っていたのですか?

黒岩知事:
知らないのですよ。だから不思議なご縁だと。知らないのに何で僕にふってきたのかわかりません。公演終了後、日野原さんはとても喜んで、ご家族の方もこんなに嬉しそうな顔をしたことはないと。さらに日野原さんは、「黒岩さん、やればできるじゃないですか」と。無茶ブリもひどいもので(笑)。自分でやると決めたら、皆を巻き込むパワーはすごいなと思いました。そうしたら今度はNYに行くと言いだして。皆で必死にお金集めてNY公演も実現しました。

ーーそのパワーの源泉は、何なのでしょう?

黒岩知事:
日野原さんは当時から、神様と言うか、人間じゃなかったですね。皆を巻き込んで夢を実現していくというパワーは半端じゃなかった。だからあの人は、死なないと思っていました(笑)。日野原さんが90歳を過ぎたころに、「日野原先生、忙しいですね」と言ったら、「いやあ、忙しくってもう来年のスケジュールも全部入っているんだ」と。5年手帳でも足りなくなって、10年手帳も持ってきて、10年後の日程も入れていましたね。すごいですよ。最近の日程なんて10年前に入れたんじゃないですか(笑)。

ーーあの人のおかげでどれだけ我々の平均寿命が延びたかと。人間ドックがない時代があったなんて、今では信じられないですよね。

黒岩知事:
そうですね。我々が取り組んでいるのはまさにその進化形で、1年に1回だけ徹底的に検査するのではなくて、日常生活の中でデータをどんどん蓄積・解析することで未病を「見える化」して、健康な時間を長くしようと。まさに日野原さんからの流れを実現しようとしていると、つくづく感じますね。亡くなられたことは本当に残念です。歴史を作った人ですね。

Tag:
App icon

ホウドウキョク

ニュース

Fuji Television

Appstore badge

Google play badge

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう

Profile 95dc3715 a12e 46f1 85a0 2940b2b02b40
鈴木款
Reporter
Thumbnail 093013b8 12f1 40e5 b042 09335b847fc0
小池逆風で都ファ議員のいまは?
Nov 17, 2017
3.5
Suzuki Makoto
Reporter
Thumbnail ddcd2e59 4239 4bac ae48 a17b22f3886c
「外部からの圧力はなかった」加計学園獣医学部が認可へ
Nov 10, 2017
5.0
Suzuki Makoto
Reporter
Thumbnail 2e5feef3 145e 44d2 afbe eb5bf934defd
小泉進次郎氏はなぜ政権批判したのか?
Nov 07, 2017
3.5
Suzuki Makoto
Reporter