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禅僧が語る。40歳から「死を考えること」は、今を生き直すこと。
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禅僧が語る。40歳から「死を考えること」は、今を生き直すこと。

特集「40代。実は身近な『死』の存在」第5回

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Feb 10, 2017 by editors room Reporter

3 Lines Summary

  • ・死について考えを巡らせることは、今をよりよく生きることに繋がる
  • ・死後の世界はあるとも、ないとも言えない。正しい見解を自分で導く
  • ・考えれば堂々巡りだが、考えること自体に大きな意味がある

日本人の平均寿命が83.7歳(2016年WHO調べ)だということを考えれば、40代は立派に折り返し地点を過ぎている。いずれは迎える“ゴール”について、どのように考えるべきか。また考えることで、何を得られるのか…。

死について日ごろから向き合う機会の多いお坊さんなら、そのヒントを授けてくれるはず。というわけで訪れたのが、愛知県春日井市にある臨済宗妙心寺派の寺院・泰岳寺。ここで副住職を務め、『ぶっちゃけ寺』(テレビ朝日系列)にも出演する禅僧の泰丘良玄さんにお話を伺った。

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「20代や30代なら、たとえばおじいちゃんやおばあちゃんが亡くなったとしても、そこで喪主を務めるのは自分の親の世代。どこか他人ごとなんですよね。でも40代を過ぎてくると自分の親の死に直面したり、自分自身が病気になってしまったりと、急に死がリアルなものに感じられてくると思うんです」

まさに40代は、死について考え始める頃合いといえそうだ。

「不確かなことの多い世の中ですが、どんなに技術が発達しても、今のところ死は100%の確率で訪れます。お釈迦様も人間で、我々と同様に苦しみから逃れるためにどうしたらいいかと考え、そこから生まれた哲学が仏教なんです。もともと元気でハッピーという感じだったら、別に寄り添うべき考えは必要ないですが、やっぱり人間は理不尽や不幸に直面してしまいますからね」

人生も現象のひとつ。よりよい結果のために、何ができるか

仏教の教えそのものに、死に向き合う考え方が内包されているのだ。すなわち仏教を学ぶと、死ぬのが怖くなくなるということ…ではないらしい。

「僕は、死ぬことに対する結論は絶対に出ないと思っています。なぜなら生きている人は、誰ひとり死んだことがないから。お釈迦様も死後について聞かれたときに、実はあまり明確には答えなかったと言われています。わからないんですよ、死ぬことって。なので、仏教においても死後のことを考えることは永遠のテーマなんです。そしてそのひとつに地獄絵図や極楽浄土の世界観があり、それを考えることによって、子どもたちが悪いことをしないようになる」

つまり死について考えを巡らせることは、今をよりよく生きることに繋がるといえそうだ。

「仏教って、原因があって結果がある…という非常に論理的な考え方をするんです。人間の命は台風のようなものという教えもあります。熱帯の地域の湿度が高くなって、気圧の変化が激しくなって…など、様々な要素が重なって起こります。やがて雨を降らせたり風を吹かせたり、周りに色んな影響を与えて、温帯低気圧に変わり滅する。滅したあとも川の水になったりと、姿はないけれど、何かしらの影響を与えます。これは仏教のご縁という言葉に繋がります。人の命も同じようなもの。命が起きて、周囲に影響を残して、必然的にいつしか消滅する。ひとつの現象だと考えれば、ボンヤリした死の恐怖におびえるのではなく、やがて生じる死という結果をよりよくし、周囲にいい影響を残すために何ができるのかを考えるべきだと思います」

自分の力で、正しい見解を導く努力が大切

そのためにどうしたらいいのだろうか。良玄さんによると、まず最初に、自分が生きていることを客観視することが大切だという。

「始めに自分が今生きていることは、当たり前じゃないという視座に立って下さい。命はあって当たり前、仕事はできて当たり前。でもそれって、ちょっとしたことで崩れてしまう前提なんです。そういった当たり前がご縁によって成り立っていることを知るために、たとえばお盆の時期に時間を作って、お墓参りに行ってみる。先祖を敬うことは、実は自分のルーツがわかり、自分の命の存在を客観視することに繋がります

お墓がなくたって、両親や祖父母、親戚といった人たちに会ったり話したり、ただ考えてみるだけでも構わない。そのうえで、見方を調えるのが大事だそう。

「禅の考え方に“正見”というものがあります。たとえば誰も見たことのない死後の世界について。『死後の世界は全くないんだ』というのは断見といってダメです。かといってじゃあ『常に自分の霊魂が残って存在していくんだ』というのも、常見といってダメです。正しい見解を、自らの考えで導くこと。これを正見というんですね」

ものごとの見方は数あれど、それに振り回されることなくキチンと自分で結論を導くことが大事といえるのだ。

考えても結論は出ない。だが、考えることには意味がある

「ただ、焦ることはありません。人間には年を重ねることで、死に適応して受け入れられるシステムが備わっていると思います。人は年を重ねると知恵を付けて、いろんな事態に対応できるようになりますよね。年を重ねるということは、諸行無常を見る数が増えるということ。場数が違ってきます。一方で感覚や吸収力が鈍くなり、鈍感になっていき、心身ともに死を受け入れる準備が整っていくのだと思います」

ではじっくりと考えた先には、どんな境地が待っているのだろうか。

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「いろいろ考えると、また同じ地点に戻ってまた考えることになると思います。たとえゴールからスタート地点に戻っても、一度考えたことに大きな意味があるんですね。円相って、丸を筆書きする禅の文化があるんですけど、スタートとゴールは一緒なんです。けど点ではなく、円。同じ地点からの景色だって、考えないで見るのと、考えてから見るのとでは全然違うのです。仏教は、結果ではなく過程を重んじる宗教ですから」

「自分自身を改めて見つめていくことが、禅のひとつなんですよ」と良玄さん。生き死には人生の一大事。死について思いを巡らせることは、まさに禅問答に似る。一歩一歩、今を歩むことに意味があり、死を考えることで、その一歩一歩の大切さに気づくことができるといえそうだ。

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泰丘良玄さん
1983年3月11日、愛知県春日井市に生まれる。慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業、花園大学文学部国際禅学科卒業。名古屋徳源寺専門道場にて参禅修行。2010年4月に修行道場を離れ、泰岳寺副住職として現在に至る。
著書に(左から)、『理工学部卒のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば』(ブックビヨンド)、『お坊さんの修行に学ぶていねいな生き方、暮らし方』(ブックビヨンド)、『人生はブレていい 正しい罪悪感のはぎとり方』(ワニブックス刊)などがある。

取材・文=吉々是良
撮影=林和也

40代。実は身近な「死」の存在
vol.5

禅僧が語る。40歳から「死を考えること」は、今を生き直すこと。(この記事)

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